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東京高等裁判所 昭和22年(ナ)51号 判決

主文

原告等の、昭和二十二年四月三十日施行の沼津市選出靜岡縣會議員選擧無効の訴は、これを却下する。

原告等の、同日施行の沼津市會議員選擧無効の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は原告等の負擔とする。

事実

原告等訴訟代理人は、昭和二十二年四月三十日施行の、沼津市會議員並びに沼津市選出靜岡縣會議員の選擧は、いずれも無効とする。訴訟費用は被告の負擔とする、との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、昭和二十二年四月三十日沼津市會議員及び沼津市選出靜岡縣會議員の總選擧は、同時に施行せられ、右選擧において、原告等はいずれも選擧人であると共に市會議員の候補者であつた。當時有權者は、四萬五千三百九十四名で、投票人員は、市會の分三萬七千九百六十九名、縣會の分三萬七千九百五十二名で、議員の定數は、市會が三十六名、縣會が二名、議員候補者は、市會が九十名、縣會が五名であつた。投票所は市内二十ケ所に設けられ、各投票所毎に投票管理者が置かれた。投票管理者は、投票終了後法定の手續の下に投票箱を開票管理者に送致すべき責任を負うものであつて、その間投票箱は嚴に蓋を閉して施錠し、苟くも選擧の公正を害するが如き取扱があつてはならぬこと勿論である。然るところ、市内第三小學校に設けられた渡邊君〓を投票管理者とする第七投票所では、縣市會議員各二千三百三十一票の投票があり、これを納めた投票箱は、選擧當日たる四月三十日、貨物自動車で同投票所から開票所たる沼津市役所に送致されたが、同日午後七時十分頃、同市役所玄關前の道路上で貨物自動車から取下す際に、投票箱の蓋が外れ、大部分の投票が路上に露出散亂し、折柄の風速八・九米の烈風に煽られて、投票は附近一帶に飛散したが、投票管理係員等は、近隣の者と共に徹宵飛散した投票を拾い集めて、蓋の開いた投票箱に詰込み、これに施錠をなさずに保管(内一票は投票箱に納めず封筒に入れた儘保管)し、翌五月一日右の投票市會分二千三百三十票、縣會分二千三百三十一票を一般投票と混同して、開票手續を執つた。

然しながら右第七投票區の選擧は左の理由で無効である。

第一、凡そ無記名投票による選擧は、その本質上自由、公正、秘密の三原則に立脚すべきであつて、投票より開票に至るまでの管理執行に、この原則に缺けるところあれば、その選擧は無効とすべきである。本件の場合のように開票手續を踏む前に、投票箱の蓋が外れて投票が箱の外に飛散し、又箱の中の投票も、蓋が外れて何人も自由に手を觸れ得るような状態に置かれた以上、右投票は選擧の本質からいつて當然法律上投票たる價値を失つたものというべきであるから、その間に投票の公正を害するような事實があると否とを問わず、本選擧は無効である。

第二、假に當然無効でないとしても、本件事故突發の報が一度傳わるや、近隣の者が多數現場に駈けつけ、徹宵入亂れて散亂した投票を拾い集めたような始末であるから、その間投票の公正を害するような事實がなかつたとは到底斷言できぬ状況にあり、しかも大部分の投票は鉛筆書であり、一方選擧の係員は多數の投票用紙の殘りを所持していたのであるから、愈よ投票の公正性を疑うに十分であるから、本件投票は當然法律上無効たるべきものである。

第三、(イ)本件事故は投票管理者が投票終了後投票箱に施錠しなかつたことに基因して起きたのである。假に施錠したとしても、投票管理者は本件投票箱を投票所たる第三小學校から開票所たる沼津市役所に送致する爲、貨物自動車に積込むに當り、不注意にも、上下を逆さに投票差入口を下にして積み、剩さえ右自動車には既に他の投票箱が四個と關係人が十九名も乘つていた關係上、本件投票箱の送致人の或る者は、投票箱の上に乘つて行つた爲、箱がこわれ施錠が外れて本件事故を起したのであつて、右はいずれにしても投票管理者がその任務に背き投票の管理を怠つたもので、投票管理規定に違反し選擧は無効たるを免れぬ。

(ロ)、元來第七投票所から市役所までの道路は、俗に御用邸道路といつて、アスファルトで完全に鋪裝され、自動車で僅々數分しかかからない至近距離であるから、若し單なる運搬途中における自動車の振動だけで、本件投票箱の内外二重蓋の施錠が外れたものとすれば、かような投票箱及びその錠は全く選擧法令の要求する堅固なものということができず、結局選擧の公正維持の爲に設けられた投票の管理に關する規定に違反したもので、本選擧は當然無効である。

第四  投票管理者たる渡邊君〓は、前記のように本件投票箱に散亂した投票を拾い集めて入れた後、これに施錠をして保管すべきであつたに拘らず、施錠せず、又最後に拾得した一票を投票箱に入れて保管すべきであつたのに、これを入れず、別に封筒に入れて保管をしたが、右はいずれも投票管理規定に反した違法な管理行爲である。

第五  市會の投票のうちに入場劵が一枚入つていたが、本件選擧に當つては、選擧管理委員會は豫め有權者に入場劵を配布し、選擧人は選擧當日これを持參して、先ず市會議員の選擧受付にこれを呈示して名簿との對照を受けた後、市會の投票用紙を受取り、これによつて市會議員の投票をすませ、然る後縣會議員の投票用紙交付所に至り入場劵と引換に、縣會議員の投票用紙を受取り投票するという順序になつていたのである。故に若し市會の投票で入場劵を使用して投票したものがあつたとすれば、その者が交付を受けた市會議員の投票用紙は、そのまゝ場外に持出されることゝなつて、俗にいう「車投票」の不正があつたことを疑うに足りる。所謂「車投票」というのは、買收された選擧人の第一番目の者が白紙の投票用紙を選擧場外に持出し、これと引換に買收金を受取り、第二番目の者は持出した投票用紙に候補者の氏名を書入れたものを選擧會場に持參して投票し、自己の交付を受けた白紙の投票用紙を持ち歸るという方法を繰り返す投票で、最も惡質巧妙な買收方法であつて、かような投票の疑のある選擧は無効である。

假に投票用紙と共に誤つて入場劵を投函したものとすれば、同一人が二票を市會に投票したことになり、縣會の投票用紙の交付を受けることができないから、市會と縣會の投票數に二票の相違が生ずべき筈である。即ち本件の投票人員が二千三百三十一人であるから、市會の投票が二千三百三十二票で、縣會は二千三百三十票という結果を生じなければならない。假に縣會の入場劵の再交付を受けて縣會議員の投票をしたとしても、誤つて投票した入場劵を除いて縣市同數の投票が得らるべき筈である。入場劵を一票に計算する本件縣、市各二千三百三十一票は、市會分において明かに投票散亂の結果一票の行方不明の投票を出したことゝなる。以上の點から見て本件投票の管理行爲は嚴正に處置して誤りなかつたものといえず違法である。

第六  本件事故の爲め多數の投票が破損したが、その數は少くとも縣會、市會を通じ二十票を下らない。これは投票飛散の事故がなければ當然有効であるべき投票であつて、いかに本件事故の際の處置が亂雜を極めたかがわかる。かような取扱は投票管理の規定に違反し選擧の公正を害するもので、選擧は無効とすべきものである。

以上の理由で第七投票區の選擧は無効である結果、同區の投票市會の分二千三百三十票及び縣會の分二千三百三十一票は當然無効であるのに、各開票管理者は、これを有効のものとして他の一般投票と混同して開票手續を執つたのであるから、沼津市の縣會及び市會各議員選擧は全部無効たるを免れない。何故なれば市會議員選擧における最高得票數は九百七十九票であるから、いずれの當選者も右無効たるべき投票二千三百三十票を差引くときは當選することができず、又縣會議員選擧で當選した渡邊佐次右衛門の得票は一萬百二十二票、山口寅吉の得票は九千四百票で、右各得票から前記無効投票二千三百三十一票を差引くと、いずれも次點者たる鹽谷六太郞の得票八千六百三十票に及ばず、明かに選擧の結果に異同を及ぼす虞れがあるからである。

依つて原告等は昭和二十二年五月十二日沼津市選擧管理委員會に對し、本件各選擧の効力に關し異議の申立をしたところ、同委員會は異議相立たざる旨の決定をなし、該決定書は同年六月十日原告等に交付されたので、原告等に更に同年六月十四日靜岡縣選擧管理委員會に訴願したが、同委員會は同年七月十一日附を以て、沼津市會議員選擧に關する部分の申立は相立たない。靜岡縣會議員選擧に關する部分の申立は却下する旨の裁決を爲し、右裁決書は同年八月二十二日原告等に交付された。右却下の理由は、縣會議員選擧に關しては、靜岡縣選擧管理委員會に對し異議の申立をなすべきであるに拘らず、沼津市選擧管理委員會に異議を申立てたのは違法であるというのである。然しながら、地方自治法第六十六條第一項によれば、選擧の効力に關し異議ある者は當該選擧に關する事務を管理する選擧管理委員會に異議の申立をすることができることになつており、本縣會議員選擧は沼津市選擧管理委員會が直接管理するところであり、靜岡縣選擧管理委員會は、單にこれを指揮監督する立場にあるに適ぎない。殊に本件のような同時選擧の場合で手續の違法が各選擧に共通であるときは、先ず市の選擧管理委員會に對し異議の申立をするのが當然の筋合である。況んや沼津市における縣會議員の選擧は、他の地區の選擧と關係なく、縣全體の選擧に影響するところがないから、縣の選擧管理委員會に異議の申立を爲すべきではない。故に原告等の異議を却下した裁決は不當である、と陳述し、尚被告の主張事實中、市會議員選擧における厚木武次郞、小川〓太郞、岩崎爲助の得票が四百三十六票であつたこと、右三名が夫々被告主張のように當選するに至つたこと及び次點者山岸健次郞の得票が四百二十七票であることはこれを認めるが、その他の原告等の主張に反する點は否認すると述べた。(立證省略)被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却するという判決を求め、答辯として、原告等の主張事實中昭和二十二年四月三十日沼津市會議員及び沼津市選出靜岡縣會議員の總選擧が同時に行われ、原告等がいずけもその選擧人であると共に市會議員の候補者であつたこと、當時の有權者總數、投票者數、議員定數並びに候補者數が原告等主張の如くであつたこと、投票所が原告等主張の如く設けられ、第七投票所が沼津市第三小學校でその投票管理者が渡邊君〓であつたこと、同投票所の區域での有權者中市會並びに縣會議員の投票者がいずれも二千三百三十一名で、縣會議員の投票數が二千三百三十一票であつたこと、縣會議員當選の渡邊佐次右衛門、山口寅吉、次點者鹽谷六太郞の各得票數並びに市會議員最高得票當選の竹内正規の得票數がいずれも原告等主張の通りであること、投票終了後第七投票所の投票箱を貨物自動車に載せて開票所たる沼津市役所に輸送した際、投票箱の錠が外れ、原告等主張の時刻に同市役所前で蓋が開いて在中の投票が漏出したこと、係員が右漏出した投票を拾い集めて投票箱に納めたこと、尚最後に拾得した一票は箱に納めず封筒に入れて保管したこと、開票の際これ等の投票を一般投票の數に加えたこと、市會議員の投票中に入場劵を使用したものが一票あつたこと、本件選擧の投票順序が原告等主張の通りであること、原告等がその主張のように本件各選擧の効力を爭い、沼津市選擧管理委員會に對し異議の申立をなし、次いで靜岡縣選擧管理委員會に訴願したが、右異議並びに訴願は共に容れられなかつたことは、いずれもこれを認める。本件投票箱に事故があつた際市會議員の投票が一票紛失したことは否認する。市會の投票は縣會の分と同樣二千三百三十一票あつたので、唯その中に入場劵を使用したものが一票あつただけである。又第七投票所の區域内の投票中縣會及び市會を併せて二十票の破損投票があつたこと及び第七投票所と沼津市役所との間の道路が全部アスファルトで鋪裝されていることは否認する。

本件事故發生の顛末及爾後の措置は次の通りであつて、これに反する原告等の主張事實は否認する。

元來第七投票所の投票箱は、他の投票所の投票箱と同樣法令で定められた通り造られたものであり、投票當日には投票管理者たる渡邊君〓において、投票施行に先だち、投票立會人と共に選擧人の面前で蓋を開き内部の空虚なることを示した後内蓋を錠し、投票終了後、投票立會人立會の下に、渡邊は外蓋に施錠した上取手を引いて確めたるにその際は完全に施錠されたのである。而して投票終了後右投票箱は貨物自動車に載せて、投票所から開票所たる沼津市役所に輸送したのであるが、その間の道路は相當區間舗裝されていない爲、自動車は可成り強い振動を受け、その振動によつて本件投票箱の施錠が弛んで、市役所前でこれを自動車から取下す際、偶々蓋が開いて投票が露出したのであつて、右事故の發生は全く不可抗力によるものというべきで、決して原告等主張のような事由に基因したものでない。右事故の爲投票箱から露出した六・七十票位の投票は折柄の風で路上に散亂したが、投票立會人や選擧事務擔當の係員の手で、僅々數分間で簡單にこれを拾い集めて、投票箱に納め、内蓋及び外蓋を閉して、その上を繩で縛り、封印を施し、更に念の爲午後八時前後詳細捜査したが一票も發見し得なかつたので、投票は全部拾い集められたものとして、投票箱を午後十時頃開票管理者に引渡したのである。ところが同夜宿直係員が重ねて捜査したるに市廳舍前の暗渠の中から一票を發見したので、渡邊は直ちにこれを封筒に入れて封印をなし、選擧長において開票までこれを保管したのであるから、その間の措置は極めて嚴正に行われ、いやしくも不正行爲の加えられる餘地は絶對になかつたのである。而して翌五月一日開票の際第七投票區の關係においては、縣、市會議員選擧の分とも各二千三百三十一票の投票があり、投票者數と一致し全く拾集漏のないことが確定されたのであるが、唯市會選擧の分には入場劵に記載したものが一票あつたので、開票手續において、これを無効投票と認めて處理したに過ぎないのである。

以上の次第で本件投票箱は法令に定められた通り造られ、施錠も法令に從つて確實に爲され、少しも異常がなかつたのであるから、前記のように輸送途上の不可抗力によつて、自然に錠が外れたとしても、投票管理者に任務違背の廉はなく、選擧手續が違法に行われたものとはいえない。又右のように偶然の事故により投票の一部が外部に露出しても、係員の手により數分間に全部拾い集められ、その間何等選擧の自由公正を害した事實がない限り、單に投票露出の一事によつて直ちにその選擧を無効とすべきでなく、たとえ投票に鉛筆書が多く、又相當の未使用の投票用紙が殘つていたからといつて、選擧又は投票の効力に疑を容れる資料とはなり得ないのである。又原告等は、本件投票中市會の分に入場劵を用いたものがあるのを捉えて 車投票の不正が行われた虞れがあると主張するが、それは選擧當日選擧人鹽川いまが、市會議員の選擧に誤つて入場劵を用いて投票し、その旨の申出をしたので 入場劵再交付係りが調査したところ、同人が未だ縣會の投票をしていないことが判明したから、同人に對し縣會議員選擧の爲のみの入場劵を再交付し、同人はこれをもつて縣會議員選擧の投票用紙を受取り、投票して退場したので、その結果市會の分に入場劵による投票が生じたのであつて、本縣選擧に車投票の不正は絶對になく、又縣會、市會の投票數に原告等主張のような不一致はない。

次に本件市會選擧における無効投票は全投票區を通じ四百八十票であつて、その中投票用紙が切斷していた爲に投票を無効としたものは、多くとも七票に過ぎないのであるが、この七票の破損が本件事故たる投票の露出に基因するものとは到底斷定することはできない。假に右七票が全部本件事故によつて破損されたものとしても、市會議員候補者のうち、厚木武次郞小川〓太郞、岩崎爲助の三名の得票は、いずれも四百三十六票で、三名中一名が當選するこゝなり、抽籤の結果厚木武次郞が當選者と決定され、その後議員一名の死亡により、昭和二十三年四月十日繰上補充選擧會を開き抽籤の結果、小川〓太郞が當選し、更に議員中に覺書該當の指定を受けたものが出て、欠員を生じたので、同年六月四日繰上補充選擧會を開き、殘り一名の岩崎爲助が當選者と決定された。而して右三名の次點者山岸健次郞の得票は、四百二十七票であるから、その得票の差は九票である。從つて右七票の無効は本件選擧の結果に異同を及ぼす虞れがないから、本件市會選擧を無効とすることを要しない。一方縣會選擧における下位當選者と次點者との得票の差は七百二十票であるから、原告等主張のように、本件事故により縣會と市會を通じ、二十票の破損投票を生じたと假定しても、選擧の結果に異同を及ぼす虞れがないことは明かである。從つて縣會の選擧も無効とすべきではない。

尚地方自治法第六十六條第一項にいわゆる、當該選擧に關する事務を管理する選擧管理委員會とは、縣會議員については、縣の選擧管理委員會、市町村會議員の選擧については、市町村の選擧管理委員會を指すものと解すべきは、同法第二十三條の規定により明らかであるから、この點に關する原告等の主張は失當である、と述べた。(立證省略)

當裁判所は原告等提出の無効投票を検證した。

理由

依て先ず原告等の、昭和二十二年四月三十日施行の沼津市選出靜岡縣會議員選擧無効の訴の適否につき審究するに、沼津市選出靜岡縣會議員の總選擧が、同日沼津市會議員の總選擧と同時に行われ、原告等が選擧人として、同年五月十二日沼津市選擧管理委員會に對し、右縣會議員選擧の効力に關し異議の申立をしたところ、同委員會が異議申立は相立たない旨の決定をしたに對し、更に同年六月十四日靜岡縣選擧管理委員會に訴願したが、同委員會は同年七月十一日原告等主張のような理由で訴願を却下する旨の裁決をしたことは、當事者間に爭ないところであつて、原告等がこの裁決を不服として、當裁判所に本訴を提起したものであることは原告等の訴旨によつて明かである。然しながら選擧人又は候補者が縣會議員の選擧の効力に關し異議あるときは、その選擧に關する事務を管理する縣選擧管理委員會に異議を申立て、同委員會の決定に對し不服あるときは、所轄高等裁判所に出訴すべきものであることは、地方自治法第六十六條第一項第四項、第二十三條の規定により明白であるから、原告等の本件選擧の効力に關する異議は、その選擧の事務を管理する靜岡縣選擧管理委員會に申立を爲すべきであつて、原告等が沼津市選擧管理委員會にその異議申立をしたのは、不適法といわなければならない。原告等は、本縣會議員の選擧は沼津市選擧管理委員會の管理するところであり、殊に本件のような市會議員の選擧と同時に行われ、選擧手續の違法が兩選擧に共通の場合には、先ず市の選擧管理委員會に異議の申立を爲すべきであると主張するけれども、市を選擧區とする縣會議員の選擧であつても(たとえそれが市會議員の選擧と同時に施行された場合でも)、縣會議員の選擧に關する事務を市の選擧管理委員會が管理するものと解すべき法令上の根據がないから、その選擧事務は、地方自治法第二十三條により、縣の選擧管理委員會が管理するものというべきである。故に縣、市會議員の同時選擧の場合で而かもその選擧手續の違法が共通のときでも、縣會議員選擧に關する異議の申立は、その選擧を管理する縣選擧管理委員會に申立てなければならないものと解すべきである。從つて原告等は本縣會議員選擧の異議を、靜岡縣選擧管理委員會に申立てるべきであつたのに、これを爲さずに、沼津市選擧管理委員會に異議を申立て、その決定に對し、靜岡縣選擧管理委員會に訴願し、その裁決を不服として提起した原告等の本訴は、不適法であるから、これを却下すべきものである。

次に原告等の沼津市會議員選擧無効の請求につき審究する。昭和二十二年四月三十日沼津市會議員の總選擧が沼津市選出靜岡縣會議員の選擧と同時に施行され、右選擧において原告等がいずれも選擧人であると共に市會議員の候補者であつたこと、當時の有權者數、投票人員、議員定數、議員候補者數、投票所の設置數、第七投票所が沼津市第三小學校に設けられ、その投票管理者が渡邊君〓であつたこと、同投票所の縣、市會議員の投票人員が二千三百三十一名であつたこと、同日その投票を納めた投票箱を貨物自動車に載せて投票所から開票所である沼津市役所に送致する際、同日午後七時十分頃、市役所前の路上で、投票箱の錠が外れ在中の投票が漏出して、折柄の風で散亂し、投票管理者は拾い集めた投票を投票箱に納めたが、最後に拾つた一票は投票箱に入れず封筒に入れて保管したこと、これ等の投票は翌五月一日開票の際、他の一般投票と混同して開票されたこと、市會議員の投票中に入場劵を使用したものが一票あつたこと及び原告等がその主張の如く本件市會議員選擧の効力に關する異議の申立を沼津市選擧管理委員會に爲したところ、異議申立は相立たない旨の決定を受けたので、原告等は更にその主張の如く、靜岡縣選擧管理委員會に訴願したが、申立は相立たない旨の裁決を受けたことは當事者間に爭がない。而して證人渡邊君〓、森田貢、千葉淸六、杉山三五郞、野村正男の各證言及び成立に爭ない甲第一號證によれば本件第七投票區の投票管理者たる渡邊君〓は、選擧當日投票開始に先だつて、投票立會人立會の下に投票箱を開いて箱の中が空虚であることを點檢した後、内蓋を鎖してその兩側の錠をかけ、取手を引いて完全に施錠されたことを確めた後に、投票を開始し、午後六時投票を締切り、内蓋の三箇の投票口を閉めて鍵をかけ、その施錠ができたことを確めて、然る後に外蓋をなし、横の兩側に鍵をかけ、完全に施錠ができたことを確めた上、鑰はいずれも封筒に入れ、内蓋の鑰は投票箱を送致すべき投票立會人杉山三五郞に渡して保管させ、外蓋の鑰は自分で保管したこと、午後七時頃投票箱を輸送すべき貨物自動車が第七投票所に到着したのでこれに本件投票箱を積込んだところ、誤つて上下を逆さに投票差入口を下にして積込んでしまつたが、自動車には既に四箇の投票箱が積込まれ、十數名の關係者が乘つていた爲、積み直すことができず、そのまゝ開票所たる市役所に輸送したが送致人が投票箱の上に乘つて行つたような事實はないこと、午後七時十分頃、自動車が市役所前の道路に到着したので、送致係りの杉山三五郞外二名が投票箱を自動車から取下したところ、投票箱が車體から離れるか離れないうちに、外蓋の手前の錠が外れて蓋が開き、同時に内蓋も少し開いた爲、箱から投票が漏出し、その内七、八十票の投票は折柄の烈風(附近の三島市では風速九・八米の南西風)が吹廻していたので、路上に散亂したが選擧關係者だけで約五分位の間にこれを拾い集め、投票管理者の渡邊はこれを内蓋で散亂しないように押えて置いた百票内外の投票と共に、投票箱に納めた上、開票所に充てられた市役所の二階に運び、尚念の爲その後も引續き數囘事故現場を探させた(その時は靑年團等も係員と共力して探した)が、一票も發見されなかつたので、全部拾得されたものとして、投票箱の蓋を鎖し、外蓋には封印をし、その上に繩をかけて縛り、その結び目に封印をした上、午後九時頃これを開票管理者に引渡したところ、その後午後十時頃に至り、市選擧管理委員會書記石原昌作が、市役所玄關前の溝の橋下から更に一票を發見したので渡邊はこれを封筒に入れて封印した上、開票管理者に引渡したこと、翌五月一日開票に際し係員が本件投票箱を開き投票を計算したところ、投票數は封筒に入れた一票も入れて縣會市會の分とも二千三百三十一票あり、そのうち市會の分に入場劵を使用した投票が一票あつたこと及びその一票は開票の際無効投票として處理されたことを認定することができる。證人上村德次郞、小川恭則の各證言及び原告本人〓井昌夫の訊問の結果中右認定に牴觸する部分は、前記各證人の證言と對照して信用することができず、他に右認定と異なる原告等の主張事實を認むべき證據はない。

依て本件市會議員の選擧が原告等主張のように無効であるかどうかを判斷する。

原告等は第一に、投票箱の蓋が外れて本件のように投票が箱から露出したものは勿論箱の中にある投票でも、蓋が外れて何人でも自由に手を觸れることができるような状態に置かれた以上、右投票は選擧の本質たる自由、公正、秘密の原則と相容れないから、法律上當然無効のものであると主張するけれども、本件の場合投票箱から飛散した投票も選擧係員だけの手で僅々五分内外の短時間で拾い集められて(一票を除く)、元の通り投票箱に納められ、その間何人でも自由に手を觸れることのできる状態に置かれたような投票の公正を害した事實もなく又その虞れもなかつたことが明かであるから、單に投票が投票箱の蓋が外れて一部漏出した事實があつたから、といつて、直ちにこれらの投票が無効となるものでないと解するのが相當であるから、これと反對の原告等の主張はこれを採用しない。

次に原告等は、本件事故發生の際、近隣多數の者が駈けつけ徹宵入亂れて散亂した投票を拾い集めたと主張するけれども、かゝる事實の認め難いことは前段認定の通りであり、又投票が大部分鉛筆書であつたとか、係員が多數の投票用紙の使用殘りを所持していたということだけでは、直ちに本件投票の公正を疑わせる資料とはならないから、これ等のことを前提として本件投票の公正を疑うに十分であるという原告等の第二の主張も採用できない。

次に原告等の第三の(イ)の主張事實中、本件投票管理者が投票箱に施錠をするのを怠つたという事實及び本件投票箱を自動車で開票所に送致する際、送致人がその上に乘つて行つたような事實がないことは前段認定により明かである。唯投票箱を自動軍に積込むに當り、上下を逆さに投票差入口を下にして積んだことは、前記認定の通りであり、このことは確かに投票管理者の過失であつたということはできるが、これを以つて、原告等主張のように本件選擧を無効とするような重大な投票管理規定に違反する所爲であるということはできないから、原告等の第三の(イ)の主張も採用できない。

又原告等は第七投票所から市役所までの道路は、アスファルトで完全に鋪裝され、自動車で數分の近距離であるから、單なる輸送途中の自動車の振動で投票箱の二重蓋の施錠が外れたとすれば、かような投票箱及びその錠は選擧法令の要求する堅固なものといえず、結局選擧の公正維持ができないから、投票管理の規定に違反し選擧は無効であると主張するけれども 第七投票所から市役所までの道路がアスファルトで完全に鋪裝された道路であることは、これを認むべき證據がなく、却つて證人渡邊君〓、千葉淸六等の證言によると、右道路中鋪裝されているのは、御用邸と市役所の間約一粁で、投票所たる第三小學校と御用邸の間約一粁半は全く舖裝されて居らず、凹凸のひどい惡道路であり、又右鋪裝された道路にも當時數ケ所に凹所があつて、本件投票箱を輸送する際、自動車は可なりひどい振動を受けたことが認められる。故に原告等の自動車が投票箱輸送の際殆んど振動を受けなかつたような趣旨の主張は當らないのみならず、本件投票箱は自動車に積込む前は完全に施錠されていたことは前段認定の通りであり、從つて開票所に着いた際、その施錠が外れたのは、途中の自動車の振動に基因するものと推定すべきであるが、その振動が相當強いものであつたことは右の通りであるから、その振動で施錠が外れたからといつて、直ちに本件投票箱及びその鍵が投票管理に關する法令の要求を充していない違法なものであると斷定することはできない。從つて原告等の第三の(ロ)の主張も排斥せざるを得ない。

次に原告等の第四の主張を審究するに、投票管理者が本件事故により漏出した投票を投票箱に納めた後、改めて施錠をしなかつたことは、原告等主張の通りであり、かような場合通常ならば、再び投票箱に施錠をして投票を保管すべきが當然であるが、本件のように自動車の振動で施錠が一旦外れてしまつたような場合には、その施錠が果して再び完全にできるかどうかは豫期することができないから、本件投票管理者が投票箱の蓋をして封印した上、これを繩で縛り、その結び目に封印をして保管したのは、この場合機宜を得た措置で、投票の公正を維持する點に缺けるところがないから、これを以つて投票管理規定に違反したものというべきではない。又本件投票管理者が最終に見つけられた投票を投票箱に入れて保管せず、別に封筒に入れて保管したことは、前記の通りであるが、本件の場合投票管理者は散亂した投票の拾得洩れのないよう再三搜させた後、一票も出なかつたので、全部拾得できたものとして事故當日午後九時頃、投票箱を開票管理者に引渡したが、その後、午後十時頃に至つて選擧係員が右一票を見つけたのであるから、最早投票箱にこれを納めて保管することができない事情にあり、この場合投票管理者が右一票を封筒に入れて封印をした上、開票管理者に引渡したのは、かゝる場合における投票管理者のとるべき當然の措置で、これを目して投票管理規定に違反するものということはできない。しかも右措置において、右一票の投票につき、投票の公正を害されたことは、これを認むべき何等の證據もないから、右投票は有効であつてこれを無効と認むべきでない。從つて原告等の第四の主張も理由がない。

依つて原告等の第五の主張を考えて見るに、本件選擧が縣會及び市會の同時投票で、選擧の投票順序が原告等主張の通りであり、本件市會の投票中に、入場劵を使用したものが一票あつたことは前記の通りであるが、入場劵使用の投票が投票の中にあつたからといつて、直ちに原告等主張の所謂車投票の不正が行われたものと推定することはできないし、又本件市會の選擧で車投票が行われたことを認むべき證據もないから、原告等の入場劵投票があつたから車投票の不正が行われた疑があり選擧は無効であるとの主張は認容することができない。次に原告等は市會議員の選擧に誤つて入場劵を投函した選擧人は、二票を市會に投票したことになり、一面入場劵を投函してしまえば、これを引換に受取るべき縣會議員の投票用紙の交付を受けられないから、市會と縣會の投票者數に二票の差を生ずる筈である。從つて本件は市會分が二千三百三十二票、縣會分は二千三百三十票である筈であると主張するけれども、入場劵を投函した者が必ずしも同時に正規の投票用紙を用いて投票をしたものと限らないし、一方本件選擧では、市會議員の投票後、入場劵と引換に縣會議員の投票用紙を受取ることにはなつているが、入場劵を市會の選擧に投票してしまつた場合には、選擧人は選擧係員にその事情を具申すれば、縣會議員選擧の爲の入場劵の再交付を受けて、これにより投票用紙の交付を受けて投票をすることができるのであるから、市會議員の投票に入場劵を使用した者が、必ずしも縣會議員の投票をしなかつたものとに斷定できない。從つて本件の場合、原告等主張のように、縣會と市會との間に必ず二票の差を生ずべきであるとはいえないのである。又右のように入場劵を使用して投票したものが、必ずしも同時に正規の投票用紙による投票をするものと限らないから、本件の場合原告等主張のように、縣會と市會の正規の用紙の投票が同數であるべきものともいえない。故に市會の投票數が入場劵も加えて縣會と同數の二千三百三十一票だからといつて、原告等主張のように市會の正規の用紙による投票が本件事故により一票紛失したものであると斷定することはできない。從つて原告等の第五の主張も是認することができない。最後に原告等の第六の主張を檢討するに、原告等提出にかゝる沼津市選擧管理委員會保管の本件市會議員選擧の無効投票の檢證の結果によれば、市會の投票中に七票の破損されている投票があることが明かであるが、この破損投票が本件事故によつて生じたものであることは、これを認むべき證據がないから、右投票の破損が本件事故に基因することを前提として、その際の處置が亂雑を極め、投票管理の規定に違反し選擧は無効であるという原告等の主張に失當である。

尚原告等は前記無効投票中白紙の投票の一票につき、右投票には投入の際の折目がないから、右は正當に投票されたものでなく、本件事故の爲投票に不足を生じたので、係員が豫備投票用紙を混入して、不足を補充したものであると主張し、檢證の結果によれば、右一票には何等折目の跡がないこと明かであるけれども、本件投票用紙は折目のつく程に折疊まなければ投票箱に投入することができないというわけもないから、右投票用紙に折目がないからといつて本件事故で不足した投票を豫備投票用紙で補充したものであると斷定することはできない。

以上認定のように、原告等の主張は悉く採用することができないから、原告等の本件市會議員選擧を無効とする本訴請求は、これを失當として棄却すべきものである。

依つて訴訟費用の負擔につき、民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項本文を適用して、主文の通り判決する。

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